9条世界会議に行ってきました。森田ゆり
5月4~5日に千葉県幕張で開催された9条世界会議に参加しました。
予想をはるかに超える参加者で、12000人プラス会場に入れなかった3000人の人々。会場の外に延々と続く長蛇の列に、会場の中は人、人、人の熱気でむせ返るようでした。
5月3日の憲法記念日。朝日新聞は一面トップに「憲法9条改正反対66%」との世論調査結果を発表しました。
アメリカGHQが作った憲法9条であっても、戦後60年間それを維持し続けてきたのは国民。武力と交戦権を放棄し、武力による国際紛争の解決を永久に放棄することを、今も日本の国民は選び続けているのです。
9条世界会議の分科会で、経済界の重鎮、80歳を越す品川正治氏は言いました。「押し付け憲法というが、押し付けられたと思っているのは、国の権力者だけだ。当時、私自身も、そして多くの国民は一市民の人権を初めて尊重する憲法の言葉に涙を流して喜んだ。」
元 GHQ憲法起草者の一人、ベアテ・シロタ・ゴードンさんは、男女平等の24条の起草を担当したいきさつを語ったあとに言いました。「アメリカが押し付けた 憲法だから日本人の憲法に変えようと言う人がいますが、自分の持っているものよりも優れているものを押し付ける人がいるでしょうか。日本国憲法はアメリカ の憲法よりもはるかにすぐれているものです。」
なんとも皮肉なことに、今、日本の政府に憲法9条改正のプレッシャーをかけているのはアメリカ政府です。
3日は日比谷公園から銀座を通って東京駅まで、1000人以上の平和行進の先頭を4人の背高女とサポーターたちが歩きました。背高女は一人10人分の存在感。
4日の朝、5人の背高女とサポーターは9条ピースウオークの行進に参加して、世界会議の会場に入りました。会場内では1時からなんと夜の10時半まで、濃い中身のプログラムが進行しました。最後の加藤登紀子さんの歌は全員での大合唱。「日本を戦争のできる国にしてはならない」「日本を名実ともに戦争を放棄した国にしたい」との思いを実に多様に表現した3日間でした。
5月5日の「非暴力タンポポ作戦」ワークショップ
わたしたち背高女は、5日の午後、「非暴力タンポポ作戦~引き分けよう、つながろう、あきらめない~」背高女と題したワークショップをしました。前日の9条平和パレードに路上から参加してくれた母と娘が、このワークショップの最後に、関東で最初の背高女としてスティルツに乗ってくれました。
「 わたししたちは劇場で、路上で、平和行進で、、、どこでも歩き、踊るです。地上2,5メートルの視点から、グローバルに世界を眺め、ローカルに行動する女と女の子たちです。わたしたちを周りからサポートしてくれる男たちです。わたしたちはこの9年間、背高く歩きまわって、家庭内の暴力にも、戦争という国家レベルの暴力にもNO! の声をあげ続けてきました。」こんな背高女の紹介ではじめて、映像で、過去9年間の活動を紹介。
「わたしたちは、人々が無力感と思考停止から抜け出すことを願って、非暴力 タンポポ作戦を奨励しています。
「戦争も虐待もDVも、もういいかげんにしてほしい。いのちの讃歌とそのいのちを脅かすあらゆる暴力にNOの声を上げるために、非暴力のタンポポの種毛をふーっと四方に吹き散らす。」これがタンポポ作戦です。
タンポポ作戦は綿毛のついた種に「ひきわけよう、あきらめない、つながろう」の思いをこめてふーっと吹きとばします。
と持論のタンポポ作戦を話して、はあちゃんの言葉を紹介しました。
「わたしは子どもです。子どもの話を聞いてくれる大人はどこですか?
子どもの気持ちをわかってくれる大人はどこですか?
もう戦争はやめてほしいです。
わたしは、わたしたち子どもから夢や未来をうばう戦争は絶対に反対です。
背高女 はるな」
9条世界会議共同代表の 池田香代子さんとひなちゃん
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